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東教区 第11回宣教フォーラム(発題) ←前のページ(目次) | 次のページ(グループによる話合い)→ 発題「信徒として生きる」 江藤 直純 はじめに 「信徒」という言葉 1.聖書に見る「信徒」(教会) 1)聖書の中の「信徒」を表す言葉を探す 2)その特質 3)神のミッション(使命、任務)に参加するように招かれている=神の流儀! ●「からだ」のイメージによって教会=神の民(ラオス)=信徒の群れ(交わり)について考えてみよう。 2.すべての信徒が祭司である(全信徒祭司性)というルターの考え方 1)「すべての信徒が」(按手を受けた聖職者だけではなく!) 「祭司の性質」を持つ(全信徒が制度としての祭司になるというのではなく) 2)「祭司」の七つの務め[p.12]、まとめれば二つの務め=民のために神に執り成す・神の御心を民に取り次ぐ(聖壇上の牧師の所作=会衆を背に/向かって) 3)福音の伝達は説教と聖礼典を通して、また「兄弟姉妹相互の会話と慰めによって」。 4)洗礼式と堅信式の式文(教会員への勧め) 5)キリスト者(信徒)はみな洗礼の時に聖霊の賜物をいただくための第一の・基本的按手を例外なく受けている(教職授任按手と区別)。 6)その務めをよりよく果たすために「神の武具を身につけなさい(エフェ6:11−18) ● 祭司として私たち信徒ができる/なすべき務めとは何かを考えよう。 3.教会のミッション(使命)とアイデンティティー(自己理解)を教会の名前を手がかりに考える 1)日本+福音+ルーテル+○○+教会 2)自分の属する教会の宣教論・教会論(それはとりもなおさず「神の民」論あり「信徒」論である)を理解する。 ●わたしもまたその一人として参加するよう招かれている教会の使命とは何だろう。 4.信徒と教職の関係 1)福音宣教という外に向かっての務めも、その担い手たる神の民(=教会)を養い育てる教会形成の務めも、共に民(ラオス)全体に託されている。 2)「福音の説教と聖霊典」によってたえず神の民全体を養い導き育むために、全体教会によって認定され、按手によって職務を託され、招聘によってその教会へと招かれ、それが礼拝同体かつ宣教共同体として機能していくように伝道の責任を負い霊的指導と牧会管理の任に当たるよう召されている専門奉仕者が教職(教師)。「聖徒を整えて奉仕の業をさせ、キリストの体を建てさせ」(エフェ4:12)る大切な務め。 3)信徒はその下に仕えるのではなく、パートナー、同労者、神の家族。 4)「信徒もまたみ言葉を語る」。日常の中で。訓練と認定と委託を受けて講壇からも(信徒による説教奉仕)。2004年JELC総会で要綱決定の上実施へ。 5.信徒であることの喜びと務めを具体的に思い越こそう 1)教会の中と社会の中での積極的な奉仕 (豊かに与えられる霊の賜物、I コリ12) 2)信徒こそ99%の社会の人々と共に喜び共に泣く人。社会と教会の橋渡し。 3 「キリストの手紙」(II コリ3:3)、「証印」(I コリ3:22)、「焼き印」(ガラ6:17)付き! ●教会の中で出来ること、社会の中で出来ることを互いに分かち合ってみよう。 |
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