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東教区 第12回宣教フォーラム 「主題講演 岡安大仁先生」
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第12回宣教フォーラム
発題用レジュメ
岡安 大仁
(東京池袋教会)
主題聖句:「あなた方はそれぞれ賜物を授かっているのですから、神のさまざまな恵みの善い管理者としてその賜物を生かして互いに仕えなさい」
ぺトロの手紙一4:10
医療者として:
1、私はどうして終末期医療に関心を強めたか
1)若い一人の看護師の「みとり」のレポート
2)季羽倭文子さんからのホスピスの情報
2、ホスピス・緩和医療とその現況
1)シシリー・ソーンダース博士の気付き
2)わが国の緩和医療の普及
3、ルーテル・医療と宗教の会 (旧ルーテル医療従事者の会)の旨意
1)ルーテル医療従事者の会の発足の意味
2)東教区におけるはたらき
4、いのちの終わりについて考えることの意義 −リビングウィルとキリスト者−
1)リビングウィルとは
2)リビングウィルの小冊子について
別紙資料
1.近代ホスピスとわが国の経緯
2.ルーテル・医療と宗教の会会則
3.ルーテル医療従事者の会公開医療セミナー記録
4.キリスト教新聞・社説
| 近代ホスピスとわが国の経緯(岡安) |
| 1830年 |
アイルランド・タブリンのマザー・メアリーエイケンヘッド(1787〜1858)「愛の姉妹会」ホームを創める |
| 1879年 |
マザー・メアリーエイケンヘッドの「ホーム」をホスピス」Our Lady's Hospiceと改称 |
| 1900年 |
同じ「愛の姉妹会」ロンドン郊外に聖ヨセフス・ホスピスの前身「ホーム」創設 |
| 1967年 |
C.ソーンダース聖クリストファホスピス創設 |
| 1968年 |
E.キユーブラー・ロス著「死ぬ瞬間−死にゆく人々との対話」(邦訳) |
| 1972年 |
座談会「死にゆく患者の看護」看護学雑誌 |
| 1973年 |
柏木哲夫博士ら淀川キリスト教病院でOCDP開始 |
| 1974年 |
河野博臣著「死の臨床−死にゆく人々への援助」 |
| 1975年 |
カナダ・モントリオールのロイヤル・ビクトリア病院にB.マウントPCUを創設 |
| 1977年 |
第一回死の臨床研究会(阪大病院)
鈴木荘一博 大田区でミニホスピス開始
R.ラーマートン著「死の看護」(邦訳) |
| 1978年 |
日大ターミナルケア・ミーテイング開始 |
| 1980年 |
P.グリフィス博士(聖クリストファーホスピス)第4回死の臨床研究会で講演 |
| 1981年 |
聖隷三方ヶ原病院ホスピス棟開設
厚生省研究助成金「晩期がん患者の精神的および肉体的苦痛緩和(terminalcare)に関する研究(水口班、大原班、発足) |
| 1982年 |
R.ラーマートン博士(聖ヨセフス・ホスピス)来日講演
A.デーケン教授、第1回「生と死を考えるセミナー」(上智大)
チーム医療セミナー「総合援助としての夕一ミナルケア」 |
| 1983年 |
政府「対がん10カ年総合戦略」の「がん患者に対する終末期医療のあり方に関する研究」(芳賀班)発足 |
| 1984年 |
淀川キリスト教病院ホスピス棟開設 |
| 1987年 |
WHO編「がんの痛みからの解放」(邦訳)
第1回目本がん看護学会(東京) |
| 1988年 |
第1回目本サイコオンコロジー学会 |
| 1990年 |
厚生省保険局「緩和ケア病棟認定」 |
| 1991年 |
全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会発足 |
| 1993年 |
ピースハウスホスピス創設(我が国最初の独立型ホスピス) |
| 1995年 |
第1回目本臨床死生学会(東京)
第1回アジア太平洋地域ホスピス連絡協議会(東京) |
| 1996年 |
第1回目本緩和医療学会(札幌) |
| 1997年 |
C.ソーンダース女史来目、大阪と東京で講演 |
| 2005年 |
全国緩和ケア病棟承認施設、144施設(独立型4)病床数2718床 |
| |
2005.5.1現在 |
| 『ルーテル・医療と宗教の会会則』 |
| 1 |
名称:本会は「ルーテル・医療と宗教の会」と称する。 |
| 2 |
所属:日本福音ルーテル教会東教区社会部関連活動に所属する。
事務局は日本福音ルーテル東京池袋教会に置く。 |
| 3 |
目的:本会は日本福音ルーテル教会に所属する教職者の指導と協力のもとに、医療従事者と医療と宗教に関心のある一般会員と共に医療と宗教に関運する諸問題についての相互学習と親睦を計りつつ、教会内外について適時適応の奉仕をなすことを目的とする。 |
| 4 |
構成:本会は積極的に協力する以下の会員によって構成される、
1)(A会員)日本福音ルーテル教会に所属する、医療従事者。
2)(B会員)日本福音ルーテル教会に所属する、教職者。
3)(C会員)一般会員、ただしルーテル教会員、であることを問わない。
4)(D会員)法人会員。 |
| 5 |
運営:本会は世話人会を設け、運営に当たる。
世話人会はA、B、C、会員若干名によって構成される。
世話人会には代表1名をおく。世話人代表は世話人の互選による。
世話人代表は世話人会を開催し議事を統括し、東教区社会部に年次報告を行う。 |
| 6 |
会計:本会の会計は、会員の年会費、東教区らの補助金、寄付金などによる。
会計は世話入の互選による事務局幹事1名と監事1名があたる。 |
| 7 |
企画:本会の企画は世話人会の合議による。
1)医療セミナー(年1〜2回)、勉強会(適時)、記録集の出版などとする。
2)本会が関与する医療セミナーを教会で開催する場合、「当該教会」と「ルーテル・医療と宗教の会」の共催とすることを原則とする。
3)医寮セミナーの一般参加費は当該教会の意向や依頼講師などによって髄時考慮する。
4)東教区社会部、神学校、福祉施設等の関運事業についても随時企画する。 |
付則:
1)本会則は2004年6月13日から発効する。
2)本会則の変更は世話人会員の3分の2以上の賛成を要する。 |
| ルーテル医療従事者の会公開医療セミナー記録 |
| 開催日時 |
主題 |
講師 |
場所 |
| 1993.8.7 |
『死にゆく人への配慮』(宣教100年記念講演) |
熊本教会 |
| 日本のための1アメリカ人の視点」 |
ウオルター・シューマン先生 |
| 「日本における終末医療の現状と課題」 |
岡安大仁先生 |
| 1994.4.17 |
「在宅ホスピスを考える」 |
田坂 宏氏 |
池袋教会 |
| 1995.6.11 |
『痛みと癒し』「医師と牧師の対話」 |
岡安大仁先生
賀釆周一先生 |
|
| 1996.6.23 |
『よりよい高齢杜会を築くために』 |
池袋教会 |
| 基調講演 「老いの心を支えるもの」 |
日野原重明先生 |
| 「北欧福祉国家とわが国の現状から」 |
市川一宏先生 |
| 「老入福社事業に従事した経験を通して」 |
日高 登先生 |
| 「老入看護・介護の経験から」 |
小川洋子先生 |
| 「終末期医療の経験を通して」 |
岡安大仁先生 |
| 1996.10.10 |
「ストレスと現代社会と信仰について」 |
河野友信先生 |
東京教会 |
| 1997.6.22 |
「高齢者との出会いに学ぶ」 |
紅林みつ子先生 |
池袋教会 |
| 1997.9.28 |
『子育てについて考える』 |
東京教会 |
| 「児童精神科医と小児科医の対話」 |
杉山登志郎先生
原 仁先生 |
| 1998.6.2 |
「命の息」 |
岡安大仁先生 |
熊本教会 |
| 1998.6.28 |
「ホスピスは何を提供しうるか」 |
岡安大仁先生
松島たつ子先生 |
池袋教会 |
| 1998.10.10 |
「心とからだを考える」 |
原田積夫先生 |
保谷教会 |
| 〜現代ストレス杜会の中で〜 |
岡安大仁先生 |
| 1999.6.13 |
「生者の意志(リビングウィル)と信仰」 |
江藤直純先生 |
池袋教会 |
| 1999.11.23 |
「終末期医療で学んだこと」 |
岡安大仁先生 |
池袋教会 |
| 2000.6.16 |
「交流分析を良い人闇関係を考える」 |
白井幸子先生 |
池袋教会 |
| 2001.6.17 |
「児童精神科医から見た子育て」
〜何が足りなかったのか、何に気付くベきなのか〜 |
佐々木正美先生 |
むさしの教会 |
| 2002.6.16 |
「児童精神科医から見た子育て」
〜何が足りなかったのか、何に気付くベきなのか〜 |
佐々木正美先生 |
池袋教会 |
| 2003.10.26 |
『ルターの死生観と現代』 |
徳善義和先生 |
東京教会 |
「シンポジュウム」
徳善義和先生・青田勇先生・江藤直純先生・岡安大仁先生・石原寛先生 |
| 2004.6.13 |
「パイオエシックスと今日の課題」
〜患者の権利とインフォ一ムドコンセント〜 |
木村利人先生 |
池袋教会 |
生命倫理勉強会 |
| 1998.11.22 |
ELCA『生命倫理に関する杜会的声明』 |
青田 勇牧師 |
池袋教会 |
| 1999.4.18 |
『リビングウィルをめぐる諸聞題』 |
江藤直純教授 |
池袋教会 |
| 1999.9.2 |
『リビングウィルと現在の医学教育』 |
岡安大仁医師 |
池袋教会 |
| 2001.4.1 |
1.リビングウィル)終末期の意思表示の書式化をめぐって |
池袋教会 |
| |
2.NCCの特設委員会の報告 |
岡安大仁医師 |
| 2002.4.21 |
『生命倫理、そのアメリカでの動向』 |
江藤直純教授 |
池袋教会 |
| 2004.3.28 |
「リビングウィルとスピリチュアリテイ
〜事前意思表示書と霊性の関連〜」 |
鶴若麻理氏 |
池袋教会 |
社説 (キリスト教新聞 2005年4月23日)
いのちの終わりの迎え方
■二つのいのち終わり
去る3月中旬から4月初旬にかけて、世界のマスメディアで大きな話題になった、二つの「いのちの終わり」の出事があった。アメリカ・フロリダ州のテリー・シャイボさんの死と、バチカンのローマ教皇の死をめぐる二つの出来事が、同時並行的に重なり台って報道され、「いのちの終わりの迎え方」をめぐって、人々に改めて大きな衝撃を与えた。
シャイボさんは約十五年の間、 植物状態で水分と栄養分の補給を受けて生きていたが、シャイボさん自身が植物状態での延命を望んでいなかったという夫マイケルさんの証言により、裁判所は水分と栄養分補給停止の決定を夫が行うことを認めた。
ところが、シャイボさんの両親はこれに反対。両親を支持する「生命権」尊重グループと、それをバックにしたブッシュ大統領の主導権により、議会で緊急の立法化が行われ個人の死の出来事に州や国家が政治的に介入するという異例の展開となった。
シャイボさんが入院していたホスピス・センターでは、夫の希望により、水分と栄養分補給が停止され、その十四日後の三月三十一日に呼吸が停止し、シャイボさんは四十一歳のいのちを終えた。
■終末医療とカトリックの教義
アメリカ連邦政府の最高裁判所判例では、いのちの終わりをめぐる最終判断は、あらかじめ当事者の「事前指示文書」(たとえぱ、尊厳死宣蓄やリビング.ウイルその他の証拠文書)などがある場台には認められている。
1987年のクインランさんの事例では生命維持装置取り外しの是非が争われ、両親はその娘さんに代わり「取り外し」を求め、それが認められた。植物状態で生き続けたクルーザンさんの「死ぬ権利」が争点となった裁判では、1992年に事前の「本人の意思」が確認され、「水分と栄養分の補給の停止」は認められた。いずれも両親によって訴訟が提起されたが、あくまでも「患老本人の自己決定」に基づく判断がなされた。
ローマ教皇については、入院や積極的な延命処置が行われることなく、4月2日に、バチカンでこの世のいのちを終えた。教皇が98年にオーストリアのホスピスを訪れた時には、「過剰なまでに患者の延命を行う」のはカトリヅクの伝統的な教義にそぐわない、と語っておられたという。
■事前指示文書の必要性
従来のカトリヅク医療倫理では、「病気の治療処置による回復の見込みがない場合には、通常の範囲を越えた医療行為への道徳的な義務は生じない」としている。
シャイボさんの両親が属しているカトリヅク教会のリンチ司祭は、シャイボさんの「いのちの終わり」を引き延ばすための処置には賛成しなかったという。
この2つの「いのちの終わり」をめぐるニュースは、はからずも患者本人の健康時の意志表示である「事前指示」の重要性を浮かび上がらせることになった。
私たちキリスト者は、生命医科学技術の急激な進展の中で、自らの「いのちの終わりの迎え方」について真摯に思いをめぐらせるべきであろう。
神の定めと人間の思いを越えて、いつまでも人工的にいのちを延長されることなく、神の恵みのうちにこの世でのいのちを終え、神のみもとに帰るための備えも必要となろう
たとえぱ、「事前指示文書」の意義についても、教会の中で相互に自由に意見を述べ合い、検討を始ることも、ひとつの試みであろう。
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